悋気の独楽という噺はよく聴くが、最近聴くたびなんだか自分の中でズレを感じていた。
ようやく気づいたのだが、私の中のスタンダードと、実際によく聴くものの演出がズレていたのだ。
上方落語もまたスタイルが違う(熊野の牛王さんが出る)ので、なんだか常に混乱していたみたい。
この日ようやく整理がついた。甚語楼師の型が柳家本流、私の思うスタンダードである。
もちろんいい悪いじゃないのだけども、これが一番ハマる。
こんなの。
- 定吉は、旦那に勝手について妾宅まで行く(妾宅に入る旦那に声を掛けるのではない)
- お妾さんに小遣いと饅頭をもらう
- 辻占の独楽は旦那にもらう
- おかみさんにバレるのは、袂から小遣い落としたからではない(お清に尾けさせたという嘘が先に来る)
- おかみさんの肩を揉んだりはしない
お清の名前が出てくるのは、小遣いが落ちてから、というのが多いと思う。
それも面白いのだけど。
私的なスタンダードは、定吉がすぐそこで旦那を見失ったくせに、ずいぶん遅いじゃないかとおかみさんに追及されるのである。ここでお清の名も出る。
元兄弟子の三遊亭遊雀師のも基本同じ型だったと思うが、中身はまるで違う。
さすが甚語楼師はどっしりしている。
そして演技がナチュラル。芝居っぽいが、くさくはやらず、ギリギリ落語の世界に踏みとどまっている。
小僧の定吉も生意気で、平気で主人に口ごたえするのであるが、でもリアルに嫌味な子供なんかではない。
落語世界に住む、われわれの仲間である。
顔を効果的に使うのは遊雀師と近いか。
甚語楼師のものは、この次こうなる、というシーンで間を取って顔を作る。だから落語を聴き慣れたファンにとってより楽しいのではないか。
この要素は3席め、宿屋の仇討で最も効果的に使われていた。
コマを回す際は、舞台を広く使う。
2度目に回す際は、思いっきり旦那とおかみさんをそばにし、妾をうんと遠くに。
遠くの妾のコマに旦那のコマがみるみる近寄る、ビジュアルの面白さ。
25分ぐらいの熱演。
そのまま2席めのマクラへ。
この会、3年ぐらいは続けようと思って始めました。来年も12回、全部予約取ってしまいました。
ただ出す噺がないんですよ。別に私、ネタ数少ないことはないですが、不得手なネタもありますし。
それに、寄席のトリで出すようなメジャーなネタを出したくない気持ちもあります。
こうして多くのお客さんに集まっていただいてますけど、毎回皆さん、会の直前に予約を入れます。
1週間前はまだ予約2名だったりしまして。お客さん来ないのかなと思うと稽古にも熱が入りません。
とはいえ、この会はこういうスタイルということだと思います。別に気を遣って早く予約してくださいなんて言いません。
直前に予約が入るので、私も稽古してきますからこれでいいんです。
常連さんが支えている会だが、常連感をむき出しにしているようなお客もいないし、非常にいい空気である。
そもそも甚語楼師の落語が押し付けがましくないし。
両国亭というハコもいい。
常連さんの中には、欠席するときだけ連絡してくる人もいるそうで。
2席めは道灌。道灌のネタ出しとはまず聴かない。
これがまあ、前座噺とは思えないたっぷりぶりで。小町が入っているにしても、実にたっぷり。
本編だけで30分ぐらいあったのでは。
長いだけなんてことはなくて、中身が詰まっている。
日本の話芸で出ないかなと思ったぐらい。落語研究会よりそちらで。鈴本のトリで出したっていい内容。
道灌に限らず隠居と八っつぁんの馬鹿っ話は、視点が八っつぁんにあるのが普通。
だが、この日の年配のお客さんたち、隠居の視点で噺を眺めていたのではないかと思う。
口の悪い八っつぁんを見ながら、「ああ、この隠居は八っつぁんという若い友がいて羨ましい」、そう思った人もきっといたのではないだろうか。
単に話を混ぜっ返す、悪態をつくなんていうのではなくて、もっと深い人間関係が垣間見える。
道灌という噺、だいたい冒頭部分は、八っつぁんが来てくれて隠居が喜んでいる。
だけどその後の悪態の加減が難しい。この男本当に喜ぶ客か? なんて思うことすらなくはないが、落語の様式美のおかげでようやく聴いていられるのかもしれない。
だが、甚語楼師の描く隠居と八っつぁんの信頼関係は完璧だ。心が通じ合っている。
根問ものというのは、噺の都合のために隠居が難しいことを言わざるを得ないところがどうしてもある。
「狩倉ってなんです」
「鷹野だよ」
「鷹野ってなんです」
「野掛けだよ」
「野掛けってなんです」
「だから銃猟だよ」
なに隠居、八っつぁんがわからない言葉を選って出してるの? なんてのもよくある。
このあたり、実に自然で心底驚いた。
なぜ自然になるかというと、隠居はものを知らない八っつぁんがわかるように、必死で言葉を選んでいるからだ。
ただインテリなので、自然脳内辞書が充実しており、つい難しい言葉が出てしまう。
八っつぁんのほうもそんな隠居の努力を知りつつ、ついからかってみたくなるのかも。
今日は更新遅くなりました。
甚語楼師の噺、レビューしようとすると実に手応えがあります。
続きます。明日も道灌から。