柳家甚語楼の会(下・「宿屋の仇討」)

甚語楼師の会に戻ります。引き続き道灌から。

「隠居は元泥棒」からのやり取りには、「分米」という言葉は入っていない。
隠居に娘がいると初めて聞き、前に出てくる八っつぁん。しかし娘が40代と知り、露骨にがっかり。
とにかく、娘と聞いただけで勝手に盛り上がる男なのだ。
娘は婿養子をもらい、その婿が隠居の商売を継いでるのだそうだ。この設定は初めて聴くが、なるほど隠居は好意ではなく条件として米(というか現金)をもらっているらしい。なんかリアル。

隠居の道楽の一つ、書画骨董から、小町の絵の絵解き。
小町は独立した噺としても掛けられるが、あまり聴かない。新宿では掛かってるかも。
小町と深草少将の逸話。
百夜(ももよ)通って99日目にお果てなすった。
もともとの型には「表へ出ろイ」とか入ってるのだろうが、それは抜いてある。私も流れが唐突で好きじゃない。
「桃湯をちょうだいかなんか言ったんだね」は入っている。

このたっぷりの道灌、長い噺に統一感を与えようという演者の意図が見えて、嬉しくなってしまった。
小町のくだりも、道灌のくだりも、八っつぁんは先回りして珍解釈で乗り切る。
八っつぁんは、混ぜっ返すの大好きなのもあるのだろうが、恐らく隠居の話を全部理解しようと最初から思ってない。最初からなんとなく流れを理解しようとしているのだ。
なので細部をわりとテキトーに理解してしまうのだが、テキトーな理解をいちいち口に出してしまうので、ちゃんと語りたい隠居にツッコまれる、そういう仕掛けになっている。
隠居は、わからなかったら早く訊きなさいとたしなめるのだが、このやり取り自体繰り返して入っている。

そういう仕掛けがしてあると、よくありがちな「ギャグのためにわざわざまぜっ返していく八っつぁん」でなく、もっと関係性が立体的に見えてくる。
最初からテキトーに理解したい八っつぁんと、説明するならちゃんとしたいインテリ隠居との戦いなのだ。
深いですね。

うちの親父もはやり病で、はばかりにいくたびもお通いなさり、ついには果てなさった。
コイに上下の隔てはねえ。
面白いことに、親父死んでなかった。まだ生きてるらしい。
果てなすったって言ったじゃないか。いえ、果てたんですけどまた蘇りまして。
のんきだね。

それから山吹の絵へ。道灌本来のくだり。
「これはライスカレーじゃないよ」
「じゃ、カレーライスですか」
という、最近聴かないやり取りがいたくツボにハマった。八っつぁんにぴったりで。

普通はこのあたりからたっぷりめになると思うが、すでにずいぶん時間も使っている。この辺りから噺の進行が早くなってくる。
なにしろ楽しいから、遅くても全然焦れたりしないとは思う。でもテンポアップもいい。

イエヤスのくだりは工夫がしてあったが、なんだっけ。八っつぁんがサラッとボケるんだったか。
ほんのちょっとウトウトしてしまったが、道灌の最高傑作だと思った。
仲入り休憩時は、後半に備え寝て過ごす。

着替えてのトリは、やはりネタ出しの宿屋の仇討。
舞台は神奈川宿。

旅の3人、なんでもこの旅で箱根を馬で越えたり、婆さん女郎にあたってひどい目にあったりしてるんだって。
つまり、三人旅の「びっこ馬」と「おしくら」である。こんなちょっとした仕掛けがいたく響く。
さらにこの3人、婚礼の余興で「なったなった蛇になった」とかやったんだって。そりゃ松竹梅だから名前違うけども。

「しじゅう3人」を「43人」と聞き間違えられる冒頭だが、ちょっとした穴を塞ぐ工夫が。
若いもんの伊八は、「座敷を開けなさい」と言っている。
なるほど、客間でない部屋を客用に開けろと。これで、のちに万事世話九郎が部屋を変えろと言っても対応できない理由と矛盾しなくなっている。
行き届いてますね。

展開は特に変わったところはない。
だが、やはり神経細やかな一席。

芸者を上げて賑やかな3人組。シーンがフッと変わって、難しい顔をした男。
冒頭からしばらく振りの登場となる万事世話九郎。
この絶妙なタイミング。噺を知らない人も、あ、さっきの人だと思って笑うし、知り尽くしている人も、ああ出た出たと笑う。
繰り返し掛けられ、場合によっては飽きてしまうかもしれない古典落語に、甚語楼師は見事に魂を入れる。

お侍の世話九郎が毎回前の宿場、小田原の模様を語るので伊八が覚えてしまうといったあたりはさらっとやる。
ギャグよりユーモア重視。

色事師の源ちゃんは、落語の客からすると、まあこんな奴が人殺しできたはずがないと思う。
つまり仇を討たれたら冤罪だ。
だが、ここまでのくだりでもって、理由のある仇討ちならもう仕方ないというぐらいの理解はできているので、理不尽だとはまでは思わない。
ああ、ああ、大変だ。でもお気の毒さまという感想になる。

夜が明けて、世話九郎が昨晩の騒ぎに一切触れないのは普通。
だが、まるですっとぼけているわけではなくて、いたずら感が漂う。
その証拠に、仇討ちの話を蒸し返されてからのネタ明かしが早いのだった。
全部座興でめでたしめでたし。

平日の昼間、江戸の片隅ですごい会をやっていました。
また来ます。

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