落語会のレビューで「その5」まで来てしまうのは珍しい。
そしていろいろあって、終わるまで8日間も掛かってしまった。半分は怠慢ですが。
ようやくトリの「味噌蔵」です。
噺の大部分において寒さは感じないのだが、冬の噺であろう。
火事を扱っているから冬というのもあるが、かみさんをもらった際に寒さの描写がある。
鯉昇師の味噌蔵は、高座で聴くのは初めてかもしれない。
ただ昔から音源では何種類か聴いている。
デアゴスティーニから出ていた落語百選で、喬太郎師の道灌とペアになっていたのを特に。
この動画は結構古いが、基本は変わっていないように思う。
時そば、千早ふると古典落語を破壊し続ける鯉昇師が、わりときちんとやってるネタ。
言ったら本寸法なのだが。
でも破壊し尽くした落語と同様、やたら楽しい。
ドケチの王様によって秩序を破壊された味噌蔵という噺が、鯉昇師にピタッと合うのだろう。
どうしてケチが似合うのか、よく考えたら不思議な師匠。
若い頃は本当に汚い格好で叱られたなんていうけど、今はスタイリッシュだし。
弟子から聴いたのは、いまだに先輩の扇遊師に奢ってもらっているという話。同い年なのに。
それだって、別にケチとしてのエピソードというわけでもない。
一つ言えることがある。
味噌蔵は本来は、こんなケチの家で奉公してて可哀想な使用人たちに肩入れする話のはず。
だが鯉昇師の描く味噌問屋の主人は、とても魅力的に映る。
まったく生々しくなくて。そうすると、奉公人たちの宴会が最後バレても、それほど可哀想でもない(こともないけど)。
昨年聴いた、柳家小せん師のものとよく似ていた。
生真面目なところの面白い小せん師の緩い噺と、基本ふざけている鯉昇師の固めの噺とが、よく似ている。そのこと自体が面白い。
ただし小せん師のには「から屋」が出ていなかったことを書き記している。
あかにし屋ケチ兵衛さんは、結婚なんて考えたこともない人。
親戚付き合いをやめると脅されても平気の平左だが、商売ものの味噌を買わないと言われると渋々かみさんもらう。
かみさんをほったらかしている。
寒い日にワタのない布団で寝ていて、つい2階のかみさんの布団に潜り込んでしまう。
寒くなっても一緒に寝続けていて、ついにご懐妊。
こうしてみると、鯉昇師にケチが似合うのではない。テキトーさが似合っている噺なのだ。
演者と噺の幸せなマリアージュ。
「せっかく嫁に来たのに放置されてるお嫁さんが気の毒」とか、変なスイッチが起動すると楽しめないだろう。
そんなスイッチは入らない。
面白いことに気づいた。
ケチ兵衛さんが寒さに震えているのを旧暦12月とする。すると、出産は翌年の旧暦9月。
現代だと10月下旬から11月というところか。
実は、晩秋の噺なのであった。
子供が無事生まれ、旦那がかみさんの実家に向かうと、噺の第2ステージ。
旦那は、将来飯を食い尽くす男の子が生まれたというので、恐怖に打ち震えている。
蔵の目塗りは商売ものの味噌でやりなさいと命じて出かけていく旦那。火事があって、こんがり味噌が焦げたらお前たちのおかずにします。
奉公人たちが番頭にそっと打診する。旦那の留守に帳面をドガチャカしてくださいませんかと打診。
いいねえ、ドガチャカ。
この噺を持ってない喬太郎師も、ドガチャカが好きだそうで。
奉公人たちは、日頃の窮状を訴える。
実のない味噌汁、「そ汁」に珍しくタニシが浮いている。喜んでつまんだら、自分の目が映っていた。
鯉昇師のさりげない工夫として、奉公人全員が同時にタニシをつまむ。
さらに、この汁はそ汁ですらなかった。番頭さんが命じられて、鍋を洗った水だった。
骨と皮だけの奉公人たち、一つこの間に肉を蓄えませんか番頭さん。
というわけで、宴会が始まる。
豆腐の田楽も頼み、これで味噌と火事との仕込みができる。
旦那が帰ってきてしまって大混乱の奉公人であるが、やはりテキトーさが全編を覆っているので、気の毒さよりもまずは楽しい。
大満足の会でした。