あじぷら亭は毎回テーマが決まっているらしい。今回は旅の噺である。
ただ、後半戦はなんでもいいのだろうか。
それともお血脈を、仏像がなにわ池から信州まで旅をするというネタとして出しているのだろうか。
鷹治さんのお血脈、聴いたことがあった気がしたが、ブログには記録がない。
ちゃんとやると長い噺であるが、適切に刈り込んでいる。
お釈迦様誕生から、善光寺の由来。お血脈の印とどんどん進む。
途中、講釈の脱線。
講釈は大げさなんですよと。1万5千の軍勢を、5千、5千、また5千とやるんだと実演する。
これを仕込んでおいて、「ここからが面白いところですが」。
と言いつつ、今日は特別に続けます。
地獄に亡者が来なくなり、不景気。ガソリン代も200円に値上がりした。
またホルムズ海峡を入れる。
芝居っ気たっぷりの石川五右衛門登場。
善光寺に忍び込む前にお土産買っている。
芝居のいい形でもって押しいただく。
トリは立川幸路さん。
同じ二ツ目でも鷹治さんとはだいぶキャリアが違うから、後半も前半と同じ順序でもよかったとは思う。
ともかくここで帰らず、聴くことにする。
私が終わりますと皆さま解放されます。もうしばらくお付き合いを。
ただ、鷹治さんが仲入りのときにおんなじこと言ってるんだよな。
野球について振ったっけか?
新作落語に入っていった。
新作をやるという情報は、先日インタビュー記事を見たので知ってはいた。
古典の珍品でもまったく同じなのだが、初めての噺を聴いている途中で、タイトルがポンと飛び出てくることがある。
中身を知らない噺のタイトルだけ頭のどこかに引っかかっていて、噺の展開につれて合体するわけである。
スライダー課長という新作落語の演題も、どこかに引っかかっていた。
林家つる子師のオチケン仲間である、どくさいスイッチ企画が作った噺。
一瞬オヤと思ったのは、あれ、これ落語協会の台本募集の噺じゃないの? と。
台本募集だったら権利が協会にあるので、芸協の人がやるのは困難。
でもそうじゃなかった。台本が公開されている。
会場の公開ネタ帳には、「野球落語」と書いてあった。
ネタがわからなかったみたい。楽屋の鷹治さんもわからなかったのかなと思ったら、鷹治さんもこの噺やるという情報があった。
鷹治さんが先に帰っちゃって、訊けなかったものか?
演題は、私の頭に引っかかってたぐらいだから、想像を喚起させる見事なもの。
異質なもの同士は相性がいい。
ただ、語呂がいいからスライダーにしてるみたいで、チェンジアップ課長でもいいわけだ。
知らない噺が、幸路さんの語りによってしっかり楽しめた。言いよどんだりすることもなく。
古典だと、いろいろ指導されすぎていて、どうやったらいいかわからなくなってるのではなんて。
新作だと、気にせず喋れるのでは。
想像だが、そんなことを思った。
師匠はそんな妙な指導はしないと思うけど。
序盤では、まだタイトルは思い出さなかった。
なのでよくできた落語だなと思って聴く。
落語じたい素晴らしい作りだが、ひとつ非常に感心したことが。噺と演者、両方である。
課長とデキの悪い部下の会話なのだが、部下のほうがたまに内心のツッコミを、セリフとしてするのである。
古典落語には、こういう作りの会話はなかったと思う。
近いものがあったとして、目上(隠居や大家)が、「なんだ?」と返すぐらい。古典の場合、そもそも悪態を相手に聞かれてしまっても構わないお約束がある。
だが、相手が嫌な上司とはいえ、なに言ってもいい状況ではない。だから心の発話である。
これが、既存の落語にない設定なのに実に自然だったのだ。
別に、内心の吐露だけ正面を切り替えて話すとか、そんなことではないのに。
自然なので、まるで突っかからない。
一席めのような、声が裏返ってるとかそういう不満は一切出ない。いいじゃないか。
課長は息子とキャッチボールをしたいのだが、野球をやったことがないし、そもそも知らない。
盗塁とやらで塁を盗んだら、その後どうやってプレイするのかとか、そういう程度。そんなやついないけど。
フォークボールが落ちるだと? 万有引力の法則があるから当たり前ではないか。
デキの悪い部下は、ひとつひとつ丁寧に教えてやる。
野球根問ものというジャンル。そんなジャンルありません。
先日ナオユキ先生の漫談にも、似たくだりがあったのを思い出す。
野球まるで知らない人というのは、ネタになる。聴いている客が本当に野球を知らなくてもだ。
幸路さんはなんでもソフトボール部のキャッチャーだったそうで(Wikipedia情報)。
中腰になって、課長の球を受ける。受ける際に、自分のおしりを叩いていい音を出す。これはオリジナルではなく、すでにある型らしい。
動画で研究した課長は、なぜかアンダースロー。
噺のほうはハッピーエンドに終わる。
演者のほうも、最後にいい姿を客に見せられた。
これは幸路さん、出世するとしたら新作が先かなと。
自分で作れないとダメだけど。自分でも作ってるのだとは思う。
ただ、古典をやるとパッとしない新作派は、だいたい中途半端だというのが私の観察。
古典もしっかりやって欲しいですね。
新作のマインドは古典に活きるし、その逆もしかり。そう思うけどな。
遠くまで来て、収穫は感じて帰るのでした。