米團治喬太郎よこはま落語会2 その1(桂米團治「七段目」)

5月31日、日曜と余一会の重なる日であり、しかしながら鈴本と池袋、2場で定席もやってる不思議な日。
31日に定席やってること自体はたまにあるが、2場は見たことがない。
私は横浜へ。昨年に続き米團治喬太郎二人会。
昨年は県立音楽堂だったが、今年は隣の青少年センター。
中のホールには別途「紅葉坂ホール」という名称が付いている。
広い会場。
入場前に隣の県立図書館を覗いてみたら、「大山詣り」の特集をしていた。
落語のではなく、本物の大山詣りの様子である。

寿限無 扇えん
七段目 米團治
ハンバーグができるまで 喬太郎
(仲入り)
予定外トーク 米團治・喬太郎
牡丹燈籠発端刀屋 喬太郎
胴乱の幸助 米團治

 

前座は入船亭扇えんさん。高座返しの姿を見たことはある。
本人の高座は初めて。
声がなかなか大きい。
ただ、「◯◯の大家なんてのはいないようで」の◯◯が聞き取れなかった。バス通りとか入れてる部分である。
本人の滑舌かと思ったが、どうやら音響に難があったみたい。扇えんさんは発声ちゃんとしている。
この後のお二人にもそんな場面があり。

寿限無であった。入船亭からは意外と聴く噺。
お寺でなく大家を訪ねるバージョン。
言い立てはこうだった。

寿限無 寿限無 五却のすりきれ
海砂利水魚の 水行末 雲行末 風来末
食う寝るところに住むところ ヤブラコウジヤブコウジ
パイポパイポ パイポのシューリンガン
グーリンダイのポンポコナーのポンポコピーの
長久命の 長助

「ヤブラコウジの」の助詞の「の」が入っていない。
このバージョンはあり得るなど思っていたが、実際に聴いたのは初めて。
あと、「シューリンガンのグーリンダイ」が丸々ない。

序盤が割とたっぷりで、言い立てはコブこさえてから。

最初は米團治師。昨年と同様、2席とも見台は使わない。
昨年に引き続き喬太郎師匠との会でございます。
横浜大好きでございます(拍手)。
昨年の音楽堂も古いですが、こちらのホールもなかなかです。昭和37年やそうで。前回の東京オリンピックよりも2年前ですよ。
音楽堂は昭和29年ですから、私より先輩です。
こういう古い建物を大事に使っている地域は少ないですね。
大阪ももう、こんな建物はないですね。
大阪はついに、松竹座が閉館してしまいました。
2023年に100周年を祝ったばかりでした。
大阪の人は、賑やかなもんが好きでしてね。大屋根リングには大金出すんですが、歌舞伎のために立ち上がる人はいなかったようです。
松竹は社長が代わって、潰す方針になったようです。新社長は映画のほうの人です。
「南座があるからいいでしょ」(モノマネらしい)
ということですが、南座は京都ですよ。
ご案内のとおり、大阪と京都には深い溝があるのです。
文化庁が京都に来ましたが、大阪の人からすると、京都に頭下げて頼むというのは違うようでして。

松竹座は立派な建物でした。もともとは映画館です。
それを、外側の立派なファサードは維持し、中身を大改装し、すっぽんを作ったりして歌舞伎ができるようにしたのです。
大阪ではもう、歌舞伎を上演する機会は非常に少なくなります。
もともと歌舞伎役者の9割は東京在住です。ですから大阪で上演する際は、役者も裏方も長期宿泊だったんですね。
この費用は馬鹿にならなかったようです。
さすがに仁左衛門さんをアパに泊めるわけにはいかんでしょう。いえ、アパはいいホテルですけどね。
玉三郎さんを東横インに泊めるわけにはいかんでしよう。東横インも立派ですけどね。
以前は1か月も逗留する歌舞伎関係者は深く感謝されたといいます。宿泊料金半額だったそうです。
ですが今はインバウンド主体なので回転重視で。長逗留してると嫌がられます。
落語も大丈夫かと思いますね。

本編は七段目。
かつて大東文化大学のイベントで聴いた演目なのであるが、細部がずいぶん充実していて驚いた。
芝居のマネが多い。このあたりは客の様子を見て、その場で出し入れするのだと思う。
ちなみに本日のトリ、胴乱の幸助もずいぶん細部が充実していた。

芝居のマネを続ける若旦那に大旦那が一言「アホ」。
これでドッとウケるところがすごい。

若旦那、いつまで経っても2階に上がらない。なにしろ階段を八百屋お七火の見櫓の場に見立ててしまう。
上まで登るとズルズルズル。これを繰り返すのだった。
若旦那の独白で、やっぱり成田屋、先代の團十郎はよかったと。
海老蔵の團十郎襲名は、歌舞伎座まで観にいったそうだ。
元々灰皿投げてた海老蔵が、襲名とはすごいもんやな、ちゃんとかっこよくなってきたと。
自分の襲名を重ね合わせて語るのだった。

続きます。

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