トリの鶴光師登場。
書いている今調べたのだが、最後に聴いたのが2年前の正月。すぐ開くものだ。
しかしこの間も、鶴光師の偉大さはずいぶん耳にした気がする。鯉朝師が、鶴光師に対する敬愛を熱く語っていたり。
最近も小助六師から、鶴光師由来と思われる「掛川の宿」を耳にし。
東京落語界への貢献は、それは計り知れない。
この席のどこかで、師匠をネタにした弟子が「まだまだ元気です」とさらっと言っていた。
78歳か。五街道雲助師と同い年。
入りは「ほんまに高齢化社会でんな」ではなかった。
主に見台の説明について。それから上方落語全般について。
今はこうして見台出てますけどな、ふだん寄席には見台おまへんねん。
そやから講釈師から借りますねん。一回500円払て。
まだこのネタやってる。
鯉朝師のおかげで、鈴本は知らないがあとは全部見台と膝隠しが備え付けられてますがね。
講釈師のほうは釈台言いまんねん。
なんで釈台か聞きましたら、そら、講釈の台だから釈台だねって、偉そうに。
ほたら落語家がつこたららくだいでっか。
講釈師、だいたい偉そうでんねん。特に伯山。
今度この見台、NHKで特集されまんねん。クローズアップ見台。
クローズアップ見台も、初心者が多いというより、毎回ウケ直している感じがする。
演者の肚があって、話術があればもう鉄板。
本編はラーメン屋。鶴光師のラーメン屋、ブログ始めるさらに前に、国立の仲入りで聴いて以来だ。
存在は知っていたが、この噺を実際に聴いたのは、その際が初めてではなかったか。
その直後の仲入り休憩でもって、演芸場の売店のおばさんに向かってどこかのおじさんが、「つるべ(ママ)がさあ、ちゃんと噺やったよ。驚いた」なんて語っていたのを思い出した。
これは柳家金語楼作なので、東京の噺。
東京の、主に芸協新作を鶴光師が大阪弁に変えているのである。
ただ、「舞台を西に変える」というほど大げさなものではない。
実際、かつて聴いたものは東京落語に非常に近かったのではなかったろうか。
今年連休に、雲助師の「夜鷹そば屋」を聴いて感動し。
その前後、図書館で借りた「雲助おぼえ帳」(買えよ)の、夜鷹そば屋の項目も熟読し。
雲助師と長井好弘氏、こんな内容の言葉を交わしていた(意訳です)。
「ラーメン屋は、中途半端に古くなってしまいました。新作落語はこうなりやすいです。この点、古典の世界に直した夜鷹そば屋はまったく古くなりませんね」
ふんふんと思って読んでいた。実際に耳にした夜鷹そば屋はすばらしいものであったし。
それが頭にあったので、このたび聴いた鶴光師のまったく古くなっていないラーメン屋に、再度びっくりした。
「ラーメン屋は古さを感じる噺」⇒ これはよくわかる。
「新作落語全般も古くなる」⇒ 芸協新作の現状を見ると、すごくよくわかる。
「古典化に成功した噺は古くならない」⇒ これもよくわかる。
なのになんで、実際に古くなっていないのか?
このたび耳にした「ラーメン屋」は、感動した「夜鷹そば屋」と同等の力を持っていた。
とはいえ、古くならない技術的なコツはわかっている。
鶴光師、時代背景など一切描写しないのだ。
カネのやり取りのある噺なので、通貨単位は出てくる(円)。
しかしこの円のやり取りも、リアルではない。インフレの進んだ我々の経済感覚に近いもの。
あえて、時代をぼやかしているのである。
「夜鷹そば屋」に施された「江戸時代への移植」と、同じことが実にさりげなく行われているのである。
なるほどなあと。
このやり方、あらゆる芸協新作(現に古くなってしまった)に応用が利くだろうと思った。
ただ新作落語というもの、得てして意外な部分が古くなる。
この点ラーメン屋は「ラーメン」「屋台」「無銭飲食」という、普遍的な要素を扱っている。噺のほうも、いい具合にすり切れてきたのだろうけれど。
ちなみに鶴光師から昔聴いたものは、もう少ししんみりしていた記憶がある。
今回聴いたものは、ギャグたっぷり。
ただ、当時たっぷりのギャグを忘れ、しんみりした要素だけが記憶に残っている可能性もある。
ただ実際のところ、意図的にギャグ増やしてるんじゃないかと思う。
わかる気がする。
ギャグを増やすことで、客はずっと楽しむことができる。しかしその裏で、いつの間にか感動が積み重なっているのだ。
無銭飲食男の名が「一郎」と聞いた夫、「名字は小沢か」。
それから「夜は長い。じっくりあなたの話を聞きましょう。オールナイトニッポンでも掛けながら」。
こんなの邪魔になりそうな気がするのだけど、そうじゃない。
最近歌舞伎の牡丹灯籠に入ったコメディ要素を観察し、「落語では、笑いで怖がらせることは難しいな」と感じたところ。
でも大丈夫。落語は、「笑いでもって人を泣かせることができる」。
雲助師の夜鷹そばで描かれていたのは、「人は誰でも、無銭飲食して番屋に突き出してくれと言う状況になりうる」だったように思う。
だが、鶴光師の描くこの男は、もう少しだらしない。仕事が長続きしないのだと。
警察に突き出してくれというのも、常識的な観点からは安易だ。
でもその裏にだって、いろいろあるのだと思うのだ。
いい一席でした。
弟子たちはラーメン屋はやらないのだろうか。
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