仲入りは古今亭文菊師。
人気の噺家の中では、私が数を聴いてないほうの筆頭だ。
この四の日寄席にご無沙汰していた5年の間、よそでは一度しか聴いてない。
馬石師と同様、今年は決して暑くはなかったですねと。また戻るんでしょうか。
馬石師が話していた、ネタ帳が楽屋にない件。
左橋師匠が持ってました。今年はね、この会左橋師匠が番頭で、顔付け考えなきゃいけないんで、先月自宅に持って帰ったそうですよ。
そして修業時代の話。
よく語る話だが、師匠圓菊はとにかく厳しい人だった。
ただ、ごくまれに「ご苦労さん」などとつぶやくことがある。
しかしこの感想を巡り、なにやら哲学的な話に入っていった。
まさに坊主の法話。客が静まり返って、笑いのない坊さんの話に聴きいっている。その構造を外側から見て、内心爆笑する私。
本当に哲学的だったのに、それゆえか中身は覚えていない。
「たまに褒めてもらえることが嬉しい」のだったか「たまに褒めてもらえるからって喜んじゃいけない」だったか。
東京かわら版のインタビューその他でも、厳しい奥さんによってようやくしゃんとしているといった内容が語られていたが、そちらの話題にもつながったはず。
先にやまと師の出した「熊の皮」から触発されたようでもある。
豆腐屋のかみさん小噺に入る。
町内の衆たちは、「あの豆腐屋、怒ってかみさんに豆腐投げつけるよ。かみさんの顔が豆腐だらけだ。それが楽しみ」と話している。
珍しいだけで正直、面白さはよくわからない。
この小噺は紙入れ専属。
よく聴く噺の中では、好きじゃないほう筆頭の噺。
出ると正直ガッカリする。よく出るから人気あるんだろうけど。
もっとも自分でも、嫌いな理由を理解できているわけではない。間男もの自体は別に嫌いではなく、上方落語の「茶漬間男」なんてのは好き。
かみさんに隙がたっぷりの風呂敷も好き。
どうも紙入れは、笑いのツボが演者と客で現状ずれてしまっていて、修復できていない気がするのだ。
ウケどころの「見ましたか」「めっかりましたか」は別に面白くないし、ここで笑ってる人も少ない。
旦那に訊くのが、シチュエーションとして不自然なんだよな。
そもそも旦那の前で、旦那のかみさんの実話を話す、その愉快さはわかるけど、やっぱり不自然。
喬太郎師の紙入れがいいのは、このあたりの不自然さにこだわらずにマンガにしてしまったところだろう。
なんだかよくわからないまま終わってしまった印象。
がんばって思い出すといいシーンがあった。
翌朝の新吉を迎える旦那が、やたら怖い顔をしてキセルをふかしている。あ、これは「睨み返し」の顔だ。
持ってるか知らないけど。
あとは駒治師と、左橋師。どちらから出るか。
仲入り休憩後、メクリが「古今亭駒治」になる。
駒治師も、最近聴いてないなと思ったら丸1年空いている。もちろん検討はしたけど。
鉄道ファンの、事実の間違いに対する訂正はすごいんですよ。落語好きもですけど。
こないだてっぱくで掛けた鉄道落語があるんです。
伊勢崎線と東上線は東武の生き別れた兄弟で。伊勢崎線は、西新井から大師線を伸ばし、ゆくゆくは上板橋につなげる予定だったんです。
ところが大師前の先で、日暮里舎人ライナーの妨害に遭い、果たせなかったのです。
その後何十年もして、伊勢崎線は半蔵門線に乗り入れ、東上線は副都心線に乗り入れ、兄弟は渋谷で涙の再会を果たすのです。
そしたら最後の質問コーナーで坊やが手を挙げて。
渋谷じゃなくて、中目黒で再会したほうがいいんじゃないですか。隣のホームですし。
そういえばそうだったかもしれません。東急と日比谷線の直通はもう終わってますけれど。確かに同じホームで会えます。このほうが感動的かもしれません。
この噺聴きたいな。
大師線の延伸が、舎人ライナーによって妨害という、時代がめちゃくちゃな背景には坊やもツッコまないんだなと思った。
本編は鉄道落語ではなく、美容落語。
ドラッグストアで、ソフィーナの美容液を買い求める男。
急に美肌に目覚めたのだ。しかし、ドラッグストアの奥にある化粧品売り場は勝手が知れない。
男性店員に訊いたが、結局女性の店員に回される。ぼくのじゃないんです。妻のために買うんですと言い訳。
会社に行くと専務に呼び出される。人事のことではなく、主人公の美肌が気になるという。
いっぽう、家では隠し戸棚に入れていた美容液が妻と娘にバレてしまう。
娘が、お母さん、残念だけどお父さんは浮気してます。
夫をツけると、なにやら年配の男性(専務)と一緒に伊勢丹に入っていく。
相手は男だったのね。
「ぼくを利用するんですか」
というセリフがあり、ここはてっきり、
「利用じゃないよ美容だよ」
と専務から返ってくるのかと思ったら、違った。
この噺の世界観、すごく好き。
男の生活から最も遠いものを想定して作ったのだろう。遠いが、共感を得るのはムリではない。
男だって、実際にお肌つるつるになったらそれは嬉しいだろう。努力は普通はしないけども。
野球落語である「同窓会」において、元監督がその後「手芸部顧問」に追いやられたのを思い出す。
でも、手芸もしっかり噺の中で回収される。