トリは橘家文吾さん。この人も1年振り。
マクラ振らずにいきなり、手甲脚絆にわらじ履き、振り分けの荷物を背負って、雪が降りしきる描写を。
9月上旬の蒸し暑い日に雪?
まあ、季節なんてすぐに変わるから、今からやっておきたいのだろう、鰍沢。
あるいは、暑い日に涼を感じて欲しいということか。
長講・鰍沢は寄席でもまず掛からない。だから、10年ブログやってて現場では初の遭遇だ。
二ツ目の昼席で聴くとは面白い。
時計修理に出してて持ってない。なので時間はわからないが、1時間10分でこの会終わったから、文吾さんは35分ぐらいじゃないだろうか。
それなら、真打になる際に披露目でもできますね。
鰍沢も一応は脳内テキストができるぐらいには聴いている。最近も歌丸師のものを聴いたばかり。
そしてこの高座のあと、圓生を聴いた。それがベースのようだなとは思った。
文吾さん、気負ったり背伸びしたりして大ネタに挑むという感じではない。
ご本人童顔で小柄だが、とにかく噺に負けぬよう、地の語りをしっかりやる。
雪道で迷い、もはや命の危険が差し迫ってきたところ、ようやく民家を見つける。
元花魁のお熊は、旅籠もないことだしよかったらお上がりなさいと言ってくれる。
旅人は囲炉裏の火をかき回すにあたり、お熊の許可を取っている。田舎ではそういう風習があると聞いたそうで。
旅人がいろいろ火を起こすためにおがくず撒いたりしているが、お熊はもっと簡単なんですよと。
お熊は冒頭から、言葉使いが田舎の人ではない。「おくんなはい」と語っている。
このお熊が、ぞくぞくするほどいい女だったらすごいが、それはまるでない。
別に、弱点になってるわけじゃない。思い出したらそうだったなという程度。
お熊がいつ旅人に毒を盛ろうと考えたのかはまるでわからない。
ただ、卵酒を飲ませる際には、その気満々の描写。一瞬にやっとしてる。
噺そのものの仕掛けとしては、旅人がかつての吉原の客だったというのが引き金になっているのだろう。
もっとも、亭主は心中し損ないの相手だし、そんなのバレたってまるで問題ない気はする。
ひっそり隠棲しているところ、花魁だった時代を知っている人間自体が憎いのであろうか。
まあ、演者の中にはなにかしら正解があるのだろう。
亭主が帰ってくると、お熊がいない。
お熊は酒を買いに行っていたのだが、先に語られない。
しかし、こんな雪の山中で、夜中に酒買いに行くとは不自然ではある。
そして、出しっぱなしの毒入り卵酒。
これはちょっと花魁、迂闊すぎる。ここだけ気になっちゃった。
いや、そういう噺なんだけど、気になったものは仕方ない。
あるいは、亭主が飲んじゃってもいいんだという解釈ができないこともない。しないけど。
どう処理するのがいいのかな。
迂闊に見えず、ごく自然に飲み残しの酒を飲んでしまうという流れになればそれでいいのだが。
冷えた卵酒はまずいと語っているのはリアル。そりゃ毒が入ってるし。
亭主の末期にお熊が語りかけるのを聞き、殺されちゃかなわないと逃げ出す旅人。
後ろからは鉄砲が追ってくる。
前に進むしかなく、雪庇に乗り上げて鰍沢の流れに転落。
筏に乗り上げたが次々バラバラになり、丸太一本。
鉄砲が発射され、旅人の額をかすめ、後ろの岩にタマがカンと音を立てる部分は、これは本当に怖い。
文吾さん、まったくためずに「お材木で助かった」とサゲる。
ここは落語の客に言ってるんじゃなくて、ああ助かったという旅人の心の叫びである。
しかし旅人、丸太一本にようよう掴まって、本当に助かったのであろうか。
寝ていたのだから薄着である。このまま水に濡れて低体温症であの世に行かなければいいが。
これは趣味の悪い見解であるが、こういう感想はリアリティが強ければ強いほど湧いてしまうもので。
文吾さんの語りが迫真に満ちていたからだと思います。
期待の新人を聴き、もともと上手かったところ面白さが加わった人を聴き、大ネタを聴き。
意外なほど収穫のあった70分であった。