2026年NHK新人落語大賞(下・準優勝ラスボス朝枝はやっぱりすごかった)

昨日の続き。5人のうち4人まで聴いて記事を書き、寝ました。
一夜明けまして。

春風亭朝枝「加賀の千代」

いや、すごいわ。さすがのラスボス。
「加賀の千代」なんて寄席向きの軽い演目でどうなのと思ったのだが、圧倒された。
そして昨日、「今年はレベルが低いみたい」と書いたのは撤回させてください。

加賀の千代に出てくるのは、「かかあ天下のかみさん」「気が弱くて主体性に乏しい甚兵衛さん」「鷹揚なご隠居」である。
古典落語の世界において、極めてステレオタイプな。いい悪いではなくて。
ステレオタイプの登場人物の出てくる軽い落語を、朝枝さんは語り口ひとつで圧倒的にブラッシュアップしてみせる。
演技力とか、そういう細かい部分も論じる価値はあるが、それ以前にスケールがでかいのだ。

骨格は本寸法だが、芝居の舞台の床に、微妙に柔らかいマットをあえて敷き詰めているイメージ。
登場人物は一応マジに行動するが、足元がかすかにふらついている。それが大きなうねりとなる。
杉谷拳士が参加する、米国のショー野球「バナナボール」を連想した。面白ショーなのだが、プレイ自体は大まじめにやるという。

細かい部分はいいやと言いつつやはり細かい部分を見る。
「お前さんの稼ぎが少ないからこうなるの。早く行っといで(瞬時のカミシモ入れ替え)行ってきます」あたりが響く。

そして、欠点に映る要素から先に見ると、この高座のスケールのでかさがわかりやすい。
朝枝さんの高座には「稚気」がない。以前からそうだったと思う。
大人の子供っぽさを笑う構造がない。この噺は、子供みたいな甚兵衛さんが主人公なのにもかかわらず。
かつてよく聴いた、兄弟子一之輔の加賀の千代と比べるとわかりやすい。
兄弟子は、まずいまんじゅうであることを断る甚兵衛さんに隠居が「意地でもいただきます」。これはわかりやすいギャグ。
でも朝枝さんは、「謹んで頂戴いたします」。一見、まともなセリフでさらに笑わせてくる。状況が面白いからだ。
稚気がないのを欠点にしない。むしろ、稚気が強すぎて客を白けさせる噺家だっているわけで。

そして、びっくりするが、甚兵衛さんのセリフをときに思いっきり早回しにする。
時間が短いからだけじゃないだろう。ポ~ッとした甚兵衛さんが、ところにより早口になっても噺を壊さないと踏んだそこがすごい。

朝枝さん、個別のセリフが笑いを生み出すのではなく、セリフの組み合わせでもって笑いが生まれる。
ここがスケールのでかさの秘訣であろうか。

隠居の言葉が妙に鼻にかかっている部分については、批判するプロもいそうな気がする。
落語では「声色」は原則NG。隠居だけ鼻に掛けるなら、声色の一種と言えなくもない。
この工夫が直接どうというより、あざとさを先んじて感じとってしまう向きも中にはあろう。
冒頭、小声で始めて客を引き付けておいて調子を上げていく方法も、あざといかも。

この高座振り返る際にはすでに笑利さんの優勝を知ってるのだけど、私的には文句なしに朝枝さんが優勝。
毎年読んでくださっている人には不要な釈明を、一応書いておく。
私は日常落語を聴いてるというだけの理由では東京の噺家に決して肩入れしない。また、古典落語をひいきしたりもしない。
むしろこの、噺家の創作力を競う大会では新作のほうが有利だとかねてより思っていて、この点を修正する気もない。
古典落語のしかもスタンダード演目であるのに、朝枝さんの一席は勝手に突き抜けてきたのだ。

朝枝さん、今までこの大会に出てこれなかったのは、短い尺への対応ができなかったものか。
しかし、来年以降ずっと出続けて、遅くても3年めには戴冠しそうな気がします。

審査

なんだ。今年からM-1の優勝決定戦方式か。
これがやりたくて、7人も噺家揃えたわけね。
個人的には、昨年までの採点方式がよかった。
ただ、採点だと重鎮・文珍師が10点と9点だけつけそうではある。
そしてNHKとしては、昨年の広瀬氏の6点がよほどこたえたのであろうか。

結果、文珍、志らく、彦いち、萬橘の4人が笑利さん。
権太楼、鶴光、都の3人が朝枝さん。
どうも、萬橘師(今は面白古典だが、昔は自作新作をやっていた)が、どっちに振れたかで決まった気がする。
あとの審査員は、恐らくまるで悩まなかったと思う。
志らく、彦いちは、あまり悩まず笑利さんではなかろうかと。前者は「ぶっ飛び重視」の価値観、後者は「新作だから」。
別にこの人たちが、バイアスの掛かった審査をしたと言いたいわけじゃないです。全部想像ですから。
というわけで、笑福亭笑利さん優勝。おめでとうございます。

笑利さん毎年頑張っていた人だし、文句などない。
ただ、昨年のほうがよかったとは思う。
私はこのところ、毎年同じ感想を持ってる気がする。一花さんも、優勝の前年がよかったし、桂三実さんもそうだった。
でもこの大会、一発勝負に見えるが実は積み重ねと考えると、結果も腑に落ちるのである。
その積み重ねルートに、朝枝さんは乗れる気がします。

古典落語で座布団に寝転がる

採点前、出場者のダイジェストでもって、美馬さんが座布団の上に寝転んだところが切り抜かれていた。
そうだ。これに不快スイッチが発動したことを思い出した。
座布団に寝転ぶとか、座布団こねるとか、座布団ねじふせるとか、こういうのは様式が重要な古典(という建前の演目)ではスイッチが入るもんだなと思った。
新作では既存の価値観をゆすぶり、裏返すために行われる。だから面白い。
古典のタテマエの噺で寝そべっても、ただの無作法に映り、効果をまるで感じない。
というわけで美馬さんには、初出場の2年前に続いて不快にさせられたのだった。
正直、私にはやっぱりわからない人です。

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