短い仲入り休憩を挟み、トリは春風亭柳枝師。
今日の3人はほぼ同世代だが、芸歴は柳枝師が一番下。
でもとみに風格が出てきた。侍の噺なんかするのにこの風格はよかろう。
この日の、したたかな女郎にも向いている。
声まで掛けていただきまして、と柳枝師。
この後、「ほんとかよと思います」と続くのかと思ったら、それはなかった。いろいろ作法があるようで。
ここに来る前、新宿末広亭に出てきたんですよ。
平日昼なのになぜか満員でした。でも、全然笑わないの!
これどうも、この日の鶴めい七叶亭の客に対する牽制に思えたのだけど?
ひとりで笑っているゲラ客も面倒だし、誰も笑わないお通夜みたいな席も面倒だ。なかなか、ちょうどいい席ばかりではない。
噺家がよく振る、寄席は悪所にあるというマクラ。
浅草は六区ですしね、新宿は三丁目。池袋はもう、風俗街ですよ。
上野は一番まともそうですけど、あの裏手は日本一呼び込みの多いところですね。
悪所と言えば吉原です。
品川も人気がありました。南の品と書いてナンピンなんていいましてね。吉原の北国に対してそう言ったんです。
品川は江戸市中ではなくて、東海道の宿場町ですね。
新宿ももともと宿場町だったんですよ。中山道の(※ ママ)。
品川と新宿の女郎は、お互い意識して対抗してたそうです。
新宿の女郎が、品川の客なんて漁師ばっかりで乱暴でいけないねえ、と馬子に言ってたりしまして。
というわけで、新宿の廓噺と言えば「文違い」。
どうやら私、ブログ初めて10年、現場で初めて遭遇する噺らしい。
別に珍品という類ではないけども、大ネタとの遭遇比率なんてそんなもんだ。
先日、初音家左橋師から聴いた「三枚起請」だって、現場では初めてだった。
この日の客が笑わないので文違いが出てきたとするならば、笑わない客にも感謝しなければならない。
女郎(劇中では花魁と呼ばれてる)のお杉は、客にカネを都合してもらおうと手紙を書いた。
そしたら客が二人やってきた。
半ちゃんと、在の角蔵。角蔵は、吉原の噺では杢兵衛大尽に該当するが、そんなにカネは持ってない。
半ちゃんには、「育ての親と円を切るために20両必要」と頼んだが、10両しか都合がついていない。
角蔵には「おっかさんに人参を与えないといけないので20両必要」と頼んだが、15両しか都合がついてない。これだって、人の手付金を預かってるだけだ。
実に上手い作りの噺だと思う。
最初から、お杉の話に真実がないことがわかる。お互いの客は向かい同士の部屋に入っているのだから話の内容はバレてしまうのだが、お杉はちゃんと「手練手管でなんとかするから」と事前に断っている。
それを真に受けるのんきな男たち。互いに、末は自分がお杉と夫婦になり、向かいの男はただの金づるだと理解している。
なんとかふたりから20両かき集めて、階段の下の狭い部屋で待っているいい男の芳次郎に渡す。ついでに半ちゃんから渡された5両まで付けて。
芳次郎こそ苦界勤めのお杉のいろであるが、芳次郎、目を悪くしたので真珠という高い薬が必要なのだという。そのため必死で都合をつけた。
なのに、芳次郎は泊まらずに帰っていく。
お杉のテクニックは、「いらないよ」といったんカネを返す。
半ちゃんと角蔵、それぞれお杉に向かって頭を下げてカネを持ってってくれと頼むのである。
このテクを、そっくり芳次郎に使われるお杉。自分自身も頭を下げて。
自分ではその構造に気づいていない。
気付いていない繰り返しが、爆笑ではなくじわじわおかしみを生む。
それと裏腹に、なんともいえないもの悲しい感情が流れ込む。
落語に珍しい文学作品である。その割には芝浜ほど有名じゃないが。
柳枝師は、この噺を基本緊迫モードで語る。いつ風船がパンと破裂しそうかわからないのだ。
実際には、破裂しそうなのも、破裂するのもすべてお杉のテクニック。
落語の客も、このキレそうなムードを楽しむ。
ギリギリまでキレなかったのに、最愛の芳次郎に騙されていたことを知ったお杉は、ついにに限界を突破。
5両おまけにつけてくれた半ちゃんにまで当たり散らす。
そんなもの悲しい噺だが、ちゃんと最後まで笑い要素は多い。向かいで角蔵さんはのんびり喧嘩を眺めている。
柳枝師の描くこの4人の男女、実にリアル。
角蔵は人から預かった馬の代金をお杉にやってしまった。だからこの後馬を引いて帰れない。
トラブルになるが、そんな日常もリアルに想像できるのであった。
お杉もまた、いろに裏切られたが苦界勤めはまだまだ続く。
10分オーバーして、最後を締めくくる見事な一席でした。