七人の侍2(下・瀧川鯉橋「水屋の富」珍品についても)

鳳志師のやかんなめは、客に舞台を想起させる。
頭の中に芝居が湧いた。歌舞伎にだってできるなあと。

仲入り休憩後は雷門小助六師。
この時期は空調の設定が大変で。旅で冷房が効きすぎてまして、ちょっと鼻声ですみませんとのこと。

プログラムには、小助六師は今回で最後で、次回から瀧川鯉朝師が入るとある。
この七人の侍は好楽師のしのぶ亭で始まりまして。その後両国でやり、今こうして日本橋です。
今回をもって卒業させていただくんですが、なんでも来月は休演の人が多いそうなので、声を掛けてもらって出ることになりました。来月はゲストです。

昔は歯が痛くても願掛けぐらいしかできません。まさか、佃祭りじゃあるまい。
楊枝を売って歩いていた人が、歯も抜いたりしていました。
と仕込んでおいて、本編へ。
演題がわからなかったのだが、ツイッターで公開された公式ネタ帳によると「はぬき」。
ひらがなで書かれているのは、「たぬき」と掛けているからなのだろう。
演題で調べてもよくわからない。上方に「歯抜き茶屋」があるということしかわからない。
いずれにせよ芸術協会にも、あるいは落語協会や円楽党にも、珍品派が増えつつあって面白いことである。

ちょっと顔役らしいアニイが、道端で歯抜き師の男を見つける。
あいつはたいこ持ちみたいで面白い。吉原に連れていこうと。
声を掛けられた歯抜き師、まだ仕事があるんでと渋っているが、アニイのほうは脅しのネタがひとつある。
おまえ浴衣(だったかな)を届けなきゃいけないのに猫ババしたろと。

歯抜き師に遊びのアイディアを出させる。
ならこんなのはどうでしょう。ぼたもちをたっぷり買って、持っていきます。
翌朝、座敷に馬のくそを残しておきます。
昨日来たお客さんは狐か狸らしいよ。どうしよう、ぼたもち食べちゃったよと大慌て。
これどうです。よしきた。ぼたもちは俺たちが仕入れるからお前は馬のくそ用意しろ。

散々っぱら遊んで翌朝、まだ寝てる歯抜き師を残し、アニイたちは帰ってしまう。馬のくそを残して。
まだ寝てるお連れさんは、狐か狸だよ。よし、とっつかまえようとなって、煙で散々いぶされる。

楽しい噺だ。廓は遊びに行くところだが、さらに江戸っ子の遊び、悪さをプラスする。
そして、アイディアを出したはずの男が騙されるという。
廓とたぬきが合体するというのは実に珍しい。
他団体の金原亭馬久、柳家圭花、三遊亭ぽん太あたりの二ツ目さんから聴ける日を楽しみにしている。

トリは瀧川鯉橋師。爆笑一門のテイストを濃厚に持った本格派。
写真撮影をいじる。以前はあの人、政治家の撮影専門だったらしいですよ。
演者側から逆襲して、カメラマンの写真を撮りまくったらどうでしょうか。「写真の仇討」です。

江戸時代の用水の話。神田上水から玉川上水。江戸っ子は水道の水を産湯に使ったのが自慢。
しかし深川のほうへ行くと、水がない。水屋が水を売り歩く。
水は玉川上水の末端で取水し、これを水屋たちが仕入れる。こんなのは初めて聴いた。
鳳志師から富の噺とは聞いていたが、水屋の富か。
珍しめの噺だが、昨年桂文治師から聴いた。
せっかく富が当たったのに全額盗まれてしまうカワイソウな噺である。

しかし、鯉橋師はこんな噺も面白いな。
盗まれてしまう水屋は気の毒なのだが、しかし金の心配で夜も眠れないというシチュエーションは、ハタから見ればなかなか愉快なのだ。
鯉橋師が語ると、その愉快さが終始漂う。水屋への気の毒さが、噺を台無しにしたりしないのが不思議な持ち味。

千両富が当たって、すぐにもらうから800両。
床下に隠しておくが不安で仕方ない水屋さんの4日間を描く噺である。わずか4日間でカネはなくなっちゃう。
富が当たった様子は、その場にいた人には見られている。
だから強盗がやってくるのではないかと思い、悪夢ばかり見る水屋。
客にとっても、水屋の夢は現実とシームレス。大変な状況だから夢なのだろうと思うけども、夢も現実もリアリティに大した違いがない。まさに悪夢。
よく考えたら、千両当たるという以上のリアリティなんてこの世にはもうないのだった。悪夢のほうがよほど現実感が強い。

せっかく重労働の水屋から足を洗う金ができたのに、盗まれてしまう。
なのに結末に爽快感をもたらさなければならない、非常に高度な噺。
鯉橋師のもたらす爽快感はたまらないものでした。心底ホっとしているという雰囲気。

将来の名跡襲名候補も出ている「七人の侍」。
小助六師に代わって入る鯉朝師も、昔の新作やら珍品古典やら掛ける人だから楽しみだ。
また来たいものです。

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作成者: でっち定吉

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