酒のマクラはなかったように思う。
ご家中で酔っ払って意地の張り合い、斬り合い。
決闘に挑んだ家臣たちは深手を負ったが死ななかったそうだ。
こういうストーリーに直接関係しない部分をさりげなく現代的にアレンジしていくのだった。
禁酒令が出るが、やがてナアナアになり、再度引き締めのため番屋ができる。
実にスピーディ。
「偉いですな。家臣のものは飲んではあいならん。わしは飲む、だったら反撥されますが」
とか入れるのは普通だと思うけども入る余地なし。するする進む。
喬太郎師の禁酒番屋、かつて落語研究会のもの繰り返し聴いてレビューした。
何度も聴きすぎるくらい聴いた演目が現場で出ても、まったくイヤじゃない。
喬太郎師の古典落語の中でも、かなりの傑作じゃないかな。
オリジナルギャグは比較的少ないから地味に見えるかもしれないが。
何が好きかというと、軽さですね。
トリネタとしては若干短いかも。寄席では仲入りで出してるかもしれない。
酒屋にやってくる近藤さまも軽い軽い。禁酒を求められる世の中をそんなに嘆いている感じがない。
この人は、できれば堂々飲みたいなとは思ってるが、禁酒令が解かれなくても結局飲むのだ。
近藤さま、1升もらうと言っておきながら、五合枡を1杯だけ飲んでいった。おや。
そして近藤さま、番頭に寝酒を頼む。知恵を絞って持ち込んでくれ。
この際に、落語の技法、「相手のセリフを先取りして答える」を使う近藤さま。
「そうか。持ってきてくれるか。すまんのお。番頭、お主もワルよのお」
でも本当は、番頭はなにも答えていないのだけど。
こちらの記事で禁酒番屋を取り上げた。
お約束を活かしたメタギャグである。
もう一回このギャグ被せると、今度は客はわかっているので笑う。
若い衆たちは近藤さまに好意的らしい。威張ってないし楽しそうだしね。
なのでなんとかしよう。
水カステラで失敗し、今度は油。
「油どくり」と発声するのが実にキョンキョンっぽい。
喬太郎師は古い言い回しを、解説を加えず古典落語で使う達人。
私は古典コスプレだと思っているのだが、でもコスプレが好きで好きで。
水カステラでそこそこいい気持ちの役人が、油を検分している際に客席から携帯が鳴った。
ほい出た。どう処理するかな。
ちょうどお侍が「控えておれ」とやっていたので。
「携帯が鳴っておるぞ」
なかなか音がやまない。
「電源から切っておけ」
それでもやまないので、諦めて先に進むことにしたらしい。
つい先日、客席で鳴るスマホをどう扱うべきかを書いた。
この日の喬太郎師のふるまいが、対応のベストだと思った。さすが百戦錬磨。
次のすべてをクリアしているではないか。
- 噺を壊さないし、客のせいにもしない
- 鳴らした客以外のすべての客の気持ちを救う
- あとに変な感じを残さない
- いったん触れてその後無視したことで、「演者はいちいち鳴ったスマホをとがめない。この一席をきちんと終える」というメッセージが伝わった
再度断っておくが、私は客がスマホ鳴らしていいと言ってるわけじゃないので。
演者の不快の程度もわかっているわけではないし。指笛よりはましだろうが。
しかし現に鳴る以上、どう処理するかは大事なテーマ。
ともかく、油をちょっとゆっくりと検分し終わる頃には音はやんでいた。
これが、「近藤さまに通ります。横丁の油屋です」のときに鳴っていたら、こうなると想像。
(無言)
「いかがした」
「携帯が鳴っておりますな」
「それがどうした」
「電源は切っておいたほうがよかったですな」
「確かに。あいわかった。殿に伝えておく」
ところで禁酒番屋、子供の頃ラジオで聴いた演出が忘れられない(演者不明)のだが、その後一度も遭遇していない。
3人目が小便持って、「横丁の小便屋です!」と元気よく挨拶するというのを、最初に聴いたのだ。
今回喬太郎師が、ここまでではないがわりと近い演出を採用していてちょっと嬉しくなった。寄り道せず、わりと早めに名乗るのである。
だいたいは「横丁のお稲荷さん」とかモゴモゴ言ったあとで遠慮がちに名乗るのだけど。
でも、3人めはそもそも復讐の意志まんまんで出向いてるのだ。元気よく名乗るほうが面白いんじゃないかな?
喬太郎師、侍は重々しく低い声で語る。
こんなことわかりやすくやる人は意外といない。
なのだが、アンモニアが目に染みるあたりは急に声を裏返して「染みるねえ」などと言う。このメリハリがたまらない。
ちなみに役人も憎々しくはない。
町人とは愚かな者でござるとご機嫌だが、なにわれわれの仲間です。
スマホが鳴っても楽しい会でした。
来たルートで西巣鴨に戻り、さらに板橋区で買い物して帰りました。
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(追記)
古典コスプレでもう一つ、「企むからいけねえんすよ」。
「たくむ」である。
落語界ではたまに現役で使う言葉だけども、セリフで言わせるのはなかなかないと思う。