鯉昇師、さらに学生時代の思い出。
大学で、テストのときです。
私は目がいいので、階段教室で、首を動かさずに、前の8人の答案が見えるんですね。
テスト前日に勉強してしまうと、目が疲れてしまい、視野が狭まります。
なので前日はよく寝て、万全を期していました。
マクラたっぷり25分。
最後に今日の構成を紹介。
前座の夢ひろさんは、仲入りの後に出ます。私が最後に一席と。
準備しすぎはよくない、というのが時そば(そば処ベートーベン)につながる。
現場では、6年前に聴いている。当時すでに現在の形になっていた気がする。
「ベートーベン」に掛かっているのは第九、運命だけでなく田園と英雄も入っている。
ただ、冒頭のハーフのそば屋が、「ハーフとか、ダブルとか言うんです」と若干現代に合わせてあるのがさりげない。
鯉昇すっとぼけワールドを代表する噺。
ちなみに最初のそば屋も二番目のそば屋も酒をやらない。
酔っ払いが集まるので、あまりいい場所ではないと思っているらしい。
甘味が好き、という理由を持ってくるためだが、どうやら酒嫌いから連想し、これがあとで桃ちゃんの酒嫌いエピソードが入るきっかけになっているらしい。
時そばのパロディというか、語り直しというか。
しかしこの手のモノ、若手がやってもしばしば気合が空回りしてしまうと思う。無理もないが。
鯉昇師は、こういう古典落語であるかのようにさらさら語る。これがたまらない。
だいたい、「お前の好きな甘味は」「ココナッツ」という会話は、初見ではそもそも無理である。
たまたま(目的を隠して)そば食いにきたら、ハーフだかダブルの男が店をやっている。
本人からいろいろ聞き出し、その場でココナッツを言わせるというのは、あまりにも高度すぎる。
こんなあり得ない話を、テンション高くやられたら、割と白けることもあります。
さらに高いテンションの高さで振り切る、という逆の手はあるけど。
鯉昇師のふわふわ語りによるナンセンス手法ならすべて許される。
しかし鯉昇師、一体どこからそば処ベートーベンというタイトルを思いついたのであろうか。
この店名は、先に出ている。
後から客が、「のごきりみたいな器」「カンナで削ったちくわ」をみて、「大工」に気づくのである。
まるで関係ないものにブリッジを掛ければ落語の客はびっくりするが、アイディアがどこから来たか考えると、これは奇跡に近いことだ。
ココナッツ、を導くために細かいゼニの数え方は「ひとつふたつ」になる。
ちゃんとやり取りをぼうっと見てる男が、「江戸っ子なんだから威勢よくひいふうみいでいいじゃねえか」とつぶやいている。
翌日のそば屋は、そのマズさを徹底的にカリカチュア。
後ろの壁に手をつかないと食えない衝撃のそば。
昔から楽屋でもって、「時そばのマズいそば屋はどうして景気がいいんだ」という疑問が上がっているという。
プロからしても当然気になるところ。だからこれにアンサーを追加する演者も結構いる。
まあ、薬物ぐらいしかないけど。あとは趣味でやってるそば屋(萬橘師)。
だが鯉昇ワールドでは、後ろを向いて壁に手をつく所作ひとつでもう、アンサーなんて不要である。
包丁なくしたので、切ってないそばが出てくる。
もう、振り切ったもん勝ち。
私は時うどんの「マズくない2軒めのうどん屋」という設定が好きである。
落語の世界、うまい食い物で溢れている。そこに時そばのマズいそばは、ちょっとした差し障りになるかもしれない。
でも、突き抜ければいい。その見本がここにある。
合気道のように流れるような立ち回りで、気がついたら時そばをねじ伏せている。
実に楽しい。独演会の一発めとしても最適だ。
そば処ベートーベンが15分くらい。
ここで仲入りかなと思ったが、まだ早い。
鯉昇師は、今の噺について語り出す。
時そばは、小柳枝アニさんに教わったんです。
今でも、収録などがあるときはちゃんとした時そばをやることもあります。
私みたいに話をまるで変えると、ご不満な方もいらっしゃるようですが。ただ、江戸時代の時の数え方がわかりませんからね、この説明をしなくちゃなりません。
なので、説明を省けるのを作ってみました。
時を数えるにも、(九つ、とか四つでなく)十二支で数える方法もありますね。
0時が子の刻から始まりまして。そして12時が午の刻ですね。
ですから午の前が午前、後が午後です。
方角にもこれが使われます。
私本当にびっくりしたことがありまして。弟子の鯉太です。今休養してますが。
鯉太がある日、ニコニコしていうんですよ。
「師匠、良かったですね。来年寅年に決まりましたよ」
「いや、そんなもの初めから決まってるだろう」
「でも新聞に書いてましたよ」
こいつは、毎年郵政省の偉いさんが来年の干支を発表するものだと思ってたんですね。
十二支というものを知らないわけです。
なので覚えさせました。
この実話が、上方に伝わりまして。今ではマクラの古典になってます。
「お前、十二支言うてみい」
「はい。ね、うし、とら、う〜」
「ねはなんのことや」
「ねこです」
「ねずみや!」
「あ、はい。たつ、みい、みいがねこです」
一人の男がマクラの古典を作りました。
続きます。
明日はM−1の続きですかね。