そういえば兼太郎さんは、「普段も来てくださいね」と語っていた。
私も最近、亀戸の「普段」には来てない。まあ、つ離れしない日もあるのでしょう。
その前の好二郎さんは、萬次郎さんを引いて歌舞伎の所作入れてた。
トリの兼好師登場。
「私の前が一番弟子の兼太郎、その前が二番弟子の好二郎、弟子の落語を聴かされるという地獄ね。ライオンに食われちまえばいいのに」
いきなりツカミ爆発。
諸先輩がた、ま、今日いらした方はみなさん先輩でしょうが。
故郷・会津若松の話。
よく地元に呼んでもらえますけど、まったくウケません。
東北の人は笑わないんです。昔から、男は人前で笑うもんじゃないという文化なんですね。
仲入り休憩でタバコ吸いながら、「もうちょっとで笑うとこだった」なんて。
でも東北も、お酒を入れると途端にほぐれます。
先日ケンミンショーの東北特集でそんなネタをやっていたなと思った。
我々の一門も、師匠・好楽以外はやる気があります。
師匠は若い頃からお酒飲み続けてきた人で。
師匠にものを尋ねるネタが入っていた。最近よく聴く気がするけどなんだっけ?
替り目は、師匠から来たものなのだろう。原型は全然見えないけど。
私の大好きな、酔っ払いの「お月さまかお日さまか」の小噺。
これをずいぶんたっぷりと演じるので驚いた。
兼好落語はギャグでなくて、シチュエーションをまず充実させるが、それにしても。
長い小噺が非常に楽しい。
小噺はオチで勝負、という発想が兼好師にはないみたい。
酔っ払いがああでもないこうでもないと言い合ってるシチュエーションこそが楽しい。
月か太陽かわからないので、通りすがりの人に訊くが、この人は並外れた酔っ払い。
実に楽しい。
この小噺は遊雀師のものが好きなのだが、破壊力では負けていないなと。
それにしても、兼好師に酒の噺のイメージはない。過去には親子酒を聴いてる。
もっとも、じゃあどの方面の噺ならイメージがあるのかというと、特に具体的にはない気もする。
兼好師の酔っ払いは、割と理知的で、ぐずぐずタイプではない。
冒頭、「一でなし、二でなし」と歌って酔っ払いが登場。ちゃんと「六でなし」でやめてるのは珍しい気がする。
でも「七でなし」はもはや意味ないもんね。
車夫との掛け合いから、そこの家の灯りがついてますよと言ってきてくれ。
車夫はそんなことしたくないが、降りると言われてやむなく家に声を掛ける。
この部分、夜中によそ様の家に声を掛けるなんておかしなシチュエーションだが、降りられちゃかなわないのでやむを得ずそうするのがリアル。
やはり、即物的な笑いよりも状況を描くのが兼好師である。
おかみさんと亭主のやりとり、近所の人も顔を出していて、かみさんが謝っている。
この先も、ギャグ強化なんてせず、ずっと楽しい。
数を数えて覚えてるのは納豆の粒だけだし。
「隣の亭主」「いただきました」も力を込めない。かみさんが、全部先取りしていただきましたというシチュエーションを全面に押し出してるので、笑いはじわじわやってくるのだった。
貴重なギャグは、「食べちゃった」と口を横に開くんじゃないという亭主。
「いただきました」を、口を縦に開いて言いなさいと。
おかみさん、その通りやるが、明らかに面白がっている。
そしてとっくりのケツを傾けろと亭主。
この際に、どう傾けるかという実践が入っている。確かに、亭主のやる通りとっくりの尻を回すと、本当に色っぽくなるのだった。
よく、「右のものを左手で取ると色っぽい」なんていうが、もっとわかりやすい実践があった。
おでんの「やき」「にゃく」、それに「じ」と「ぺん」も入っている。
この辺りもまったく説明くさくない。
私も日頃、いかに刈り込むかが噺家の演出の見せどころだと理解しているのだが、方法論がまるで違うなあと。
クスグリを笑いのために入れるから飽きるので、シチュエーションを描くために使えば全然もたれない。
まあ、そもそもこんなことのできる人を他に知らないのであるが。
おでん買いにいったかみさんを、亭主が一人褒めている。
私は時計を横目で見ていた。ちょうど3時半である。だからここで終わるんだろうなと。
「お前まだ行かねえのか。元帳見られちゃった」
しかし、まだ終わらない!
時間が時間だけに、非常に嬉しくなってしまった。
5分超で、しっかりうどん屋を描写。
世間話を抜いているのだ。
そして、亭主の独白も湿っぽくはないので、続けることに屋上屋を重ねる感はない。
鍋焼きうどん屋には、お燗をつけさせ、しけた海苔を炙らせる。
海苔がパリパリに生まれ変わって、おいしそう。
うどんが嫌いだという亭主に勧めるのは、雑煮じゃなくて雑炊だった。
兼好師はますますアブラのってます。
この才人が1,2000円で聴ける亀戸梅屋敷はいいな。