みずき寄席扇辰喬太郎 その3(地元横浜と、悪所について)

ぐんまさんが釈台を持ってくる。仲入りは喬太郎師。

おなじみのミズキーホールでして。今日は扇辰さんとの二人会です。同期なんですね。
(前日の春風亭昇輔と比べたあと)ぐんまは、白鳥さんの弟子です。白鳥さんとは、人間じゃない人です。
あと、瀬谷も横浜ですからね。
面白いことに、今日は夜も扇辰さんと一緒なんですよ。扇辰さんの2番弟子、八代目船遊亭扇歌の披露目があります。同じく同期の彦いちさんも参加します。
一日扇辰さんと一緒です。そんな仲良くないのに。
…どうして私、こういう思ってもいないことを言っちゃうんでしょう。

扇辰さんはこの沿線ですから近いですね。
私もね、池袋から直通で来てますので一応沿線ですよ。
直通で便利に来てるのにね、こんなの申しわけないですけど。
東横線はね、渋谷から桜木町までで完結してる時代がよかったですね。いさぎいいじゃないですか。
途中中目黒から日比谷線が出てますけど、それだけで。
今はわけがわからなくなりましたね。目蒲線もいつの間にかなくなって、目黒線とか多摩川線になって。
あ、あの多摩川って駅ね。もともと私の小さい頃は多摩川園でしたよ。
多摩川園っていう遊園地があって駅の名前が多摩川園、これはわかります。
多摩川園がなくなって、そしたら駅の名前が多摩川って。多摩川の上を走ってるならいいけど、横に長すぎるでしょ?

このホールは駅と直結ですから、天気が悪くてもいいですね。
夜の部、あ、夜の部とか言っちゃいけませんね、別の仕事ですから。
夜は日本橋公会堂でして。ここは水天宮とか人形町から歩くんですよ。夜雨降ってたら、テンション下がります。
今のところ大丈夫です。

私は東京生まれで、小学校3年で菊名に来ました。
菊名から、東京の大学に通ってました。名前を出せないJAPAN大学ですけれど。
横浜は地元ですけど、それでもよく「江戸っ子は3代続いて江戸っ子」みたいなことを言うじゃないですか。
だから、横浜育ちですけど本当の横浜じゃないみたいな気持ちでいました。
でもね、昔の知事だか市長だったかが、言ってたんですよ。新聞でそれ読んで嬉しくなりまして。

「江戸っ子は3代続かないとなれないが、ハマッ子は3日でなれます」

高校時代は、菊名から日吉に通ってました。
慶応じゃないんですよ。JAPAN大学の高校で、日吉のポン大だからひよぽんって呼ばれてました。
電車で一緒になる慶応の生徒はなんだかシュッとしてました。別にひよぽんだからってさげすむようなこともなく。
で、向こうは高校、駅前ですからね。ひよぽんは駅から遠いんですよ。下手すると20分かかるの。

今は池袋という貧民窟に住んでます。
ここで暮らし出したころ、母親が心配しましてね。「大丈夫なの?」
大丈夫だよ。たまに発砲事件があるぐらいで。

すみません、今思い出したんですけど。
歌舞伎町の風俗店の入ったビルで、20年ぐらい前に火災がありましたでしょ。避難経路にものが置かれていて、避難できなくて大勢亡くなりました。
その翌日ですよ。母親から電話がありまして。まだ固定電話でした。二ツ目でしたかね、
出たら、「あ、いた」。信用ないですね。

この際に客席から「へっくしょん」。
今、すごいくしゃみでしたね。カトちゃんみたいでしたね。

客の私は、遊雀師みたいなワザだなと思った。
そして喬太郎師、ここらへんで言ってた。
「俺、今日なんか変。変なスイッチ入っちゃった。落語やんないかもしんなーい」

いかがわしいところも、多少はあったほうがいいと思うんです。
長野県もよく行くんです。松本でもって、リップサービスで長野は教育県ですから、いかがわしい場所がないですねって言いましたら地元の方が答えます。
でも、なまじ健全だと裏に潜るんです。なにしろ、日本で最初にエイズ患者が出たのが松本ですから。
多少はいかがわしいところも必要なのかもしれません。

私、横浜市民でしたけど、桜木町とか伊勢佐木町とか、そんなところにちょくちょく行ってたわけでもありません。
出かけるとしたら渋谷が多かったですね。それでもまあ、全然横浜方面に行かないわけじゃなくて、少しずつ行くようになって。
黄金町なんてすごかったですね。今のじゃないですよ。もっとすごい場所だったときの。
私、高校のときに友達と映画を見に行ったんですね。
もう、脇目も降らず歩いて映画館に向かいました。そこでモンティ・パイソンを観て、まっすぐ帰りました。

悪所といえば、吉原。
「冗談じゃねえや」と女を待つ男。あ、首ったけである。
「この入りいいな。散々いろいろ話しておいて古典落語に入るというね」と自画自賛の喬太郎師。
確かに急な切り替わりが面白い。

今回もマクラ一日掛けて書いてしまった。
編集すべきかもしれない。でも現に覚えちゃってて、そして残らず面白い内容の、いったいどこを削ればいいやら。
また喬太郎師のマクラは支離滅裂なようでいて、必ず前からつながってるから再現しやすいのである。

ちなみに「首ったけ」は3年前に、扇辰師の「麻のれん」の次に出てきたのだった。
なにかつながってるんじゃないですかね。しょっちゅう扇辰師と会をやってる喬太郎師だからって、麻のれん聴くことがたびたびあるわけじゃないだろう。

続きます。

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