柳朝師の猫の皿は、時代設定が明治初期だった。
まだ江戸が東京と変わったばかりの頃だ。だから猫の代金も3両でなく、3円。
こんなのは初めて聴いた。
ちなみに個人的な希望に過ぎないが、「とうきょう」でなくて「とうけい」だったらなおよかった。
熊谷を目前にした茶屋の主人(じいさん)は、江戸の出身。
ご維新のごたごたにより、つてを頼ってこちらにやってきたのだそうだ。
旅人から、江戸の話を聞くのが楽しみなんだと。
さらに後で判明するのだが、江戸で道具屋をやっていた。ご維新で多くの皿が割れた中、絵高麗の梅鉢はたったひとつ残った宝もの。
旅人に、掘り出し物を探して諸国を歩いている描写はない。
別用の旅かもしれない。
じいさんに向かって、銀座なんてところにはガス灯が点って、夜でも明るいよ。爺さん見にきてごらんよ、びっくりするからと語っている。
設定が充実しているが、中身は小噺の延長みたいなものでとんとん進む。これもいい感じ。
猫の名前はひこにゃん。
マジックは小梅先生。
冒頭のカード(裏に松竹梅)のマジック。ひっくり返す前に、カードの裏の黒い「松」が見えました。
トークはまだ物足りない。落語協会のマジシャンはみなトーク達者ですからね。
この美女マジシャンに必要なものは、「毒舌」だと私は勝手に思っています。
仲入りは柳家はん治師。
裁判所の回し者ではございません。
私は八王子の出身で、都立日野高校を出ました。
都立の堀越と言われる学校でして、卒業生は三浦友和さん、亡くなりました忌野清志郎さん。そのほか大勢です。
この違いはなんなのでしょう。
調べたら、アンジャッシュ(笑)も卒業生だがこれはネタにはしない。
ちなみにこの日のはん治師の高座は「妻の旅行」だと確信していた。
なんでかと問われると困るが。
「近くて遠きは男女の縁」から、やはり妻の旅行へ。
まあ、「背なで老いてる唐獅子牡丹」でもいいのだろうが。
よく知ってるこの噺、久々に聴いた。
やはりよくできてるなとつくづく感心する。
文枝新作であるが、完全にはん治師のものになっている。呼吸ひとつで面白い。
笑いはすべて、達観した亭主のツッコミから生まれる。
今回は、男性客が爆笑していたのが目立った。
私は女性の喜ぶ噺かなと思っていたが。
でも、決して妻を悪く言って楽しむ噺じゃない。根底には夫婦愛がある。と思う。
この噺、ちょっとだけ設定が不自然な気がする。
老妻が、ご近所さんと1週間の沖縄旅行に行くという。
そうしたら残される亭主が不満たらたら。老妻から独立している息子に愚痴が伝わり、息子は心配して自分の父を呼び出す。
こんなことで呼び出す?
以前は気になったこの設定なのだが、違和感が消えている。
そんなところどうでもいいじゃないかと思えるのだった。
しかし愚痴ばかり言うのは亭主の高度な策略。
喜んで送り出したら、妻の機嫌が悪くなる。
ちょっとだけ気になるのは、夫の回想として語られる奥さん、政治経済スポーツにはまるで興味がなく、近隣のコミュニケーションと芸能、サスペンスドラマにしか関心がない。
ちょっと時代と合わなくなっている恐れを感じる。
いまどきの女性、ややムッとする可能性もありそう。新作落語も時代に合わせないとね。
仲入り休憩後は、春風亭柳枝師。
待ってましたの声に、「本当に待ってたんでしょうか」。
落語界のカピバラと呼ばれております。
昭和医大はなじみがありまして。祖父も祖母もここで亡くなりました。
よく老人ホームに慰問に行きます。
まあ、(客席見て)今日もあんまり変わりませんが。
老人ホームの公演中、客席から感想が上がる。「面白くない!」。
聴いたばかりの柳家花いち師のマクラも似ていたなと。
柳枝師は、堪忍袋。
最近喬之助師から聴いたものとは違い、もう完全に遊雀型である。元は三遊亭竜楽師、さらに言うなら鶴瓶師のものだ。
サゲが結構ウケるのだった。