仲入り後のクイツキは、古今亭伝輔師。
真打になってからは初めてだ。
私ももともとはお客さんの側で。
小さいころから落語が好きで。親に連れられて寄席に通いまして。
夢があきらめずに噺家になりました。
ということはまったくなくて。
介護福祉士をしていまして、レクリエーションとして落語に取り組み、ハマってしまいました。
ツカミばっちり。
江戸時代の駕籠の説明から、蜘蛛駕籠へ。
柳家の、しかもだいたいベテランからしか聴かない噺。若手では、この日出た小もんさんから聴いたぐらい。
このオムニバス落語の5つあるシーンの、2つ目まではすごくよかった。
アニキが間抜けな弟分を叱るのだけども、本気で怒ってない。
茶屋の主人もキツいことは言うが、怒り心頭でもない。現代らしくていいなと。
3番目のアラクマさんから先がちょっとな。
酔っ払いの造形が物足りない。
酔っ払いがフェイクで土下座するシーンがあった。柳家さん遊師がこの型だったような。
最後は相撲のシーンがある。厳密には仲入り前とツいてる気はする。
ヒザ前は春風亭柳朝師。目当てのひとり。
定期的に聴きたくなる。
ひとりでチリのバルパライソまで行って、そこからクルーズ船に乗って落語をしたそうな。
南アフリカの南端を回ってアルゼンチンの僻地でまた一人下船して、日本に帰ってきた。
今売れてる一之輔は、前座のころ私の豊島区千早のアパートに通ってたんですよなんて話も。
一之輔が今売れたのは、私のおかげです。
日本では、プラネタリウムで寄席をやる企画で仙台に行った。
プラネタリウムと落語、どちらもせいざがつきものです。これは小ゑん師から出てる気がする。
仙台では新鮮なホヤをいただいた。
ここから鹿政談に持っていく離れワザ。
仙台名物から江戸名物、三河名物から名古屋、大阪、京都と順に唱えて、奈良へ。
わりとメジャーな鹿政談なのに、聴いたことのないスタイルで驚いた。
どう変わっているかというと説明がしづらいが。
お奉行さまの名前は出ない。
でも鹿の守役、藤波河内の名は出る(塚原出雲でやってることが多いけど)。
「街の早起き」の回収(鹿が死んでいたら隣に置いてくる)は、最初ではなく、豆腐屋が鹿を死なせてしまってから。
豆腐屋、正直すぎて、お奉行が「奈良のものではあるまい」と謎を掛けても全然ピンとこないのであった。
でも忠臣蔵六段目や、犬鹿蝶は入ってる。
なんだかじわじわいい一席。
不思議なことに、口跡明瞭の柳朝師、結論が出ている部分(聞いてなくてもわかる部分)は結構早回し。
さらーっと力を入れずに喋っちゃう。
こんなやり方、そうそう見ない。ここ、違和感持つ人もいそうだなと。
太神楽は、鏡味仙成さんのピン芸だった。メクリには仙志郎・仙成とあるためだろう、前座さんがメクリ片づけてしまう。
コンビ芸で一人しか出なくても、代演というわけではない。
傘を最後に回し、最初は鞠と撥の、ジャグリングでいうマジックボックスから。1か所落っことして「お年玉」。
五階茶碗を一人でこなす。渡してくれる相方がいないが、ピン芸としては当たり前の、手探りで道具をつかむ。
どうしても手が触れない場合だけチラッと眺める。
この日のお客さん、ワザひとつずつに「おー」と反応がいい。演者もやりやすいんじゃないかな。
トリは柳家小里ん師。小さなあいびきが出ている。
私が当席のお掃除役でございます。
焼餅は遠火に焼けよ焼く人の胸も焦がさず味わいもよし
しかし男の嫉妬のほうがたち悪いそうで。
隠居が呼んできた男に、嫁をもらわないかと尋ねている。なかなか知っているパターンに入ってこないなと思ったが、不動坊だ。
夏の噺ももう解禁。
実に味わい深い一席だった。
どこか突出しないのがいい。聴いてる側の感情もグンと跳ね上がったりしないが、その分違和感を持つこともなく最後まで楽しく連れていってくれる。
こういう、先代小さんを思わせる芸が聴きたくて来ているのだ。
不動坊、素材がいいからついクスグリを濃厚に入れちゃう。自分で作ったり。
まあそれもいいけど、全部抜いたところにパラダイスがある。
ひとつだけ残念なことに、講談師不動坊火焔の未亡人「お滝さん」が、途中で「お徳さん」になっちゃった。
もう、観念してお徳さんでやるのかと思ったのだが、終盤またお滝さんに戻っちゃった。
ま、ままあることだ。演者が若くたってこういうことはある。
不動坊は嫉妬に狂う男たちの前に、まずは、吉さん(小里ん師もこの名前だったと思うが、自信ない)の、純真な思いを楽しむ噺だと思っている。
長年岡惚れしてきて、なんとか自分自身を納得させるため、あの人は本当は俺の女房なんだが不動坊に貸してやってるんだという設定を作って、なんとか飲み込んでいる。
これが本当になったら、そりゃ嬉しいよね。湯に行くのに鉄瓶も持って出るってなもんだ。
吉さんが独身3人組の悪口をつい言ってしまうのも、本当に悪気なんてないし、優越感に満ちたセリフでもない。
ただひたすら嬉しいのだ。
不動坊は、抜けた野郎どもの中途半端な復讐を描く物語。
だから当然、失敗の芽が多数まかれている。
アルコールを買ってこいと言われて隣町までアンコロ買ってくるホラ万さん。
セリフを覚えてない、幽霊役の万年前座。
このあたり、「今うっかりの伏線を仕込みましたよ」ってつい強調してしまう演出は多い気がする。
いっぽう小里ん師は、すべてさらさら流れていく。それがかえって頭に残る。
何度も聴く古典落語だからこその楽しみ方。
絶品でありました。
地味な国立寄席だが、実に満足した次第。