サゲの新たな3分類を発見した…サゲ発話の態様による区分

落語のサゲについては、ずっと書き続けている。
書き続けているため、当ブログ内においても、アプローチ手段が複数あって。

これらはもちろん相互に関連するのだが、矛盾なく統一できる話題でもない。
桂枝雀は昔ながらのオチ分類を否定したが、私はさらにこの枝雀の分類を否定した。
なのに、昔ながらのオチ分類についても延々書いている。
そしてこれほどサゲに取り憑かれている一方、サゲはさほど重要なものではないとも早くから書いているのだった。
とはいえ、取り憑かれる程度にはやはり重要なのだけど。

さてつい最近書いた、昔ながらのオチ分類の最新記事は「しくじりはサゲの分類にならないか?」であった。
サゲを分類するのに、現状登場人物の「作為」の要素が足りていないなと。
このことをさらに深掘りした結果、新たなアイディアが湧いてきた。

落語のサゲは、発話者による行為の態様で分類すると次の3種類しかない。
作為、嘆息、状況説明である。

既存のサゲ分類は、どこまで行っても客観的であった。
だが、サゲのセリフ(地の説明の場合も含む)を行為の態様で分けると、3種類しかないのだ。
今日はこの発見について語ります。
それがどうした、と言うご意見は承知の上。
数ある落語のサゲが、分け方によっては3種類しかない、という気づきを楽しんでくださる方はお付き合いください。

落語のサゲを発話者の態様で分けるとは

落語のサゲ分類は色々ある。一般的に知られるのは次の2種類。

  • 「考え落ち」「間抜け落ち」など、昔ながらの分類
  • 桂枝雀の考案した「ドンデン」「謎解き」「へん」「合わせ」4分類

さらに手前味噌だが、私も「丁稚のサゲ分類」を考案した。
しかしいずれも、分類という行為を、客観的な観察の結果として行なっている。
徐々に、ちょっと違う分類がありそうだと思ってきていたところだった。なので先日、「しくじり」という行為・作為に注目してみたのだ。
落語のサゲたるもの、登場人物の行為と切り離せないのではという気が徐々にしてきた。
人物の行為と、客観的状況とが食い違うときに、笑いが生じる。
常に「サゲなんかなんでもいい」と言っているのは本心ではあるが、笑いを狙うサゲの本来的効果自体はまったく軽くは見ていない。

そこから発展して、行為態様に着目してみたところ、どうやら3種類しかないらしいという仮説を唱えるに至った。
3種類を見ていきます。

作為

もともと、従来のサゲ区分に「シャレ落ち」が必要なのではないかと感じていた。
登場人物が、シャレを発すると、噺は終わりやすい。
だが従来の区分ではこれを、「地口落ち」「逆さ落ち」「間抜け落ち」など、サゲの前から続く噺の流れで捉えていた。
実際には、噺を終わらせるための適当なサゲも多いのに。
もっと着目すべきなのは、噺の一連の流れ(実際には、断ち切れていることも)ではなくて、サゲを登場人物が「どう」発したかではないかと思うようになってきた。
ねづっちの影響もあるかも。ねづっちの舞台が、なぜスムーズに終わるか。なぞかけという、シャレの一種を披露しているからだ。

さて、行為態様3分類の最初は「作為」。
シャレも含まれるが、それだけではない。
そして大体の場合、作為による発話は本来の目的と逸れる、つまり失敗に終わる。
あまりにもうまいことハマってしまうと、むしろサゲにくい。

こんな噺が、「作為」に該当する。

  • 牛ほめ(穴が隠れて屁の用事になります)
  • 子ほめ(どう見てもタダでこざいます)
  • 孝行糖(こーこーとー、こーこーとー)
  • 金明竹(いいえ、買わず)
  • 転失気(屁とも思いません)
  • つる(黙って飛んできた)
  • 味噌豆(おかわり持ってまいりました)
  • 高砂や(助け船〜)
  • 四段目(待ちかねた)
  • 七段目(いいえ、七段目)
  • 辰巳の辻占(娑婆で会ったきりじゃないか)
  • 小間物政談(もう背負うには及ばん)
  • 蜘蛛駕籠(あれがほんとの蜘蛛駕籠だ)
  • 鮑のし(あわびのお爺さんでしょう)
  • たがや(た〜がや〜)
  • 遊山船(質に置いても流れんように)
  • 夏の医者(夏の医者は体に障る)
  • 地口落ちに該当する噺すべて

登場人物が何らかの作為のある言葉を吐いている状態である。
作為とは、シャレ・地口を含むがそれだけではない。言葉によって、相手に何らかの働きかけ(ウケ狙い、褒める、釈明等)をしようということである。

嘆息

嘆息とは、相手のいない行為。独り言である。
相手が一応いても、独り言になる場合がある。
独り言には、聞かせる相手がいない。この点が「作為」と異なる効果をもたらす。
独り言の場合、シャレを言う必要はない。もちろん、メタフィクション的に考えれば落語の客に語りかけてはいるのだが。
作為のないつぶやきなので、もっぱらサゲの面白さは状況とのズレに求められる。

  • 短命(ああ、俺は長命だ)
  • 桃太郎(大人なんてのは罪がねえや)
  • 初天神(おとっつぁん連れてくるんじゃあなかった)
  • 疝気の虫(別荘〜)
  • 釜泥(家まで盗まれた)
  • 看板のピン(ああー、中もピンだ)
  • 干物箱(善公は器用だ。親父そっくり)
  • たらちね(酔ってくだんのごとし)
  • 芋俵(気の早いお芋だ)
  • きゃいのう(熱いのう)
  • 真田小僧(うちの小僧も薩摩に落ちた)
  • 家見舞(さっきまでコイがへえっていた)
  • 愛宕山(忘れてきた)
  • 蔵前駕籠(もう済んだか)
  • 野ざらし(馬の骨だった)
  • 胴乱の幸助(汽車で来たらよかった)
  • 転宅(どうりでうまく騙りやがった)
  • 質屋蔵(また流されそうじゃわい)
  • 芝浜(夢になるといけねえ)

後半、「作為」っぽいものもある。会話の相手がいるし、勝手にシャレにしてるし。
それでも、独り言っぽい。
これがたいこ腹(皮が破れて鳴りませんでした)だと、「作為」のほうにしたい。

状況説明

最後に、ただその場の状況を説明しているサゲ。演者の地のセリフの場合もある。
状況にそぐわない発言、または単なるツッコミであれば、まともな発言でも面白く、サゲになる。

  • 狸札(札が札持ってきちゃいけねえ)
  • 寿限無(あんまり長いから、こぶが引っ込んじゃった)
  • 犬の目(電信柱見ると片足上がるんです)
  • 時そば(よっつ! いつむうななや〜)
  • ぞろぞろ(後からひげがぞろぞろっ)
  • 七度狐(畑の大根を抜いておりました)
  • 宿屋の富(旦那も下駄履いて寝ておりました)
  • 宿屋の仇討(ああ申さんと夜通し寝かしよらん)
  • 禁酒番屋(正直ものめ)
  • 権助魚(1円でねえ、おら2円もらって頼まれた)
  • 試し酒(試しに前の酒屋で5升飲んできた)
  • 片棒(あと棒はわしが担ぐ)

 

と言うわけで、今日は分類まで。
ネタとサゲの組み合わせは見直し、若干増やすかもしれない。
これが何の役に立つ? さあなあ。
でも少なくとも、新作落語書いてサゲつけるときの参考にはなるんじゃないかと思う。

「サゲの新たな3分類を発見した…サゲ発話の態様による区分」への2件のフィードバック

  1. お久しぶりです。
    サゲの分類の有用性ですが、枝雀師が上岡龍太郎師との対談で、落語会のネタの並びを考える時に、サゲの類型が被らないように留意していると仰せでした。
    当時上方には寄席がありませんでしたので、寄席の発想はなかったのでしょうが、出番前の噺家が寄席のネタ帳を見てネタを決める際に有用かもしれません。

    返信
    • いらっしゃいませ。
      私もEXテレビの当該回見てました。
      誰かの不祥事だったか予定の番組が飛んだとき、再放送もされてました。
      私の記憶では、「つかないように配慮することを今後考えている」でしたけども。
      このことは当ブログのどこかで書いてます。

      私自身は、枝雀の想定が役立つとはまったく思ってないのですが。

      返信

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